18歳のころのぼろアパート

私は、18歳の時に故郷を離れて、名古屋市内の大学に進学しました。

その時、家族は妹が美大進学を目指しており、学校以外のレッスンにお金を沢山使っていた為、家の方では、私が一人暮らしをするに当たっては、6畳の部屋は家賃が高いので駄目だと言われ、4.5畳の部屋の古い下宿を探して入居することになりました。入居する際は、必要最小限の物を宅配業者に送って貰い、残りは私が入居時に持って行きました。新幹線に乗り、名古屋へ向かった後、地下鉄に乗換えて下宿に向いました。下宿の部屋に入ると、内は和室だったのですが、畳の上は砂だらけで、とても座って一息つける状態ではありませんでした。

それだけでなく、入居前に入居する部屋を見せて貰えず、部屋の中の様子を見ることが出来なかった為、入居した時に部屋の状態を始めて把握出来たといった具合で、壁が崩れていたり、天井版がボロボロと白い粉を落としているといった状態だったことが判り、大変なことになったと思いました。部屋に電話も無く、建物の外に公衆電話があったのですが、実家が遠方だった為に簡単に電話して話をするわけにもいかず、仕方なく私は遅い昼食を部屋で摂り、これからどうするかについて考えました。

私は、その日は仕方なく、その部屋に布団を敷いて寝たのですが、部屋の中については、埃っぽい状態であるのがキツイので、近くの大手スーパーに行って、掃除機を買いました。当時は消費税も無かったので、支出については現在よりは幾らか良かったかもしれませんが、型落ちしたスティック型の掃除機を購入したので、手持ちのお金が50000円のうち、6000円も使う羽目になりました。

それでも、掃除機があったおかげで毎日の部屋の掃除は楽になりましたし、埃っぽいのも幾らか改善しました。他の住人は、「箒を使えばいい。」と言っていましたが、私の部屋の状態ではそれで追いつく状態ではなかったのが現状で、その後は余りお金を使いたくないので毎日安い食材を買ったりして自炊していました。大学から徒歩圏内に下宿があったので、昼休みに下宿へ戻って自分で食事を作って食べていました。炊飯器も無かったので、インスタントラーメン等が多かったと記憶しています。

部屋にはテレビが無かったので、日々の情報については、大学内の図書館で新聞を読んでいました。4月の間は、この様な感じで何とかやり過ごしましたが、隣人と話していて「1か月50000円で生活するのであれば、ギリギリだな。」と言われました。家賃12000円の下宿で、キツイ生活をしていた、あの頃には、もう戻りたくありません。学生ローンを利用したこおがなかったですが、借りてみてもよかったかな~なんて思っいます。

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